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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)2000号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小林盛次上告趣意について。

一件記録によれば、原審は昭和二十四年三月十五日第一回公判を開いて事実の審理をなし、弁護人からの証人申請を採用してこれを次回に尋問することとしその期日を同年四月十六日と指定したのであるが、同月四日公判外において右期日を同年五月二十六日に変更する旨の決定をなし該期日に第二回公判を開いて審理を遂げ結審したものである。従って右第一、二回公判期日の間に十五日以上の経過があったことは明白である。そして本件は新刑訴施行前である昭和二十三年四月十六日札幌地方裁判所に公判の請求があった事件であるから、一般には刑訴施行法第二条により旧刑訴法及び刑訴応急措置法を適用して審判すべきものであることは、所論の通りである。しかしながら、刑訴施行法第一三条においては「この法律に定めるものを除く外、新法施行の際現に裁判所に係属している事件の処理に関し必要な事項は、裁判所の規則の定めるところによる。」と定められ、最高裁判所刑事訴訟規則施行規則第三条第三号においては、「開廷後引き続き十五日以上開廷しなかった場合においても、必要と認める場合に限り、公判手続を更新すれば足りる。」と規定せられている。それ故裁判所は開廷後引き続き十五日以上開廷しなかった場合においても、必ずしも公判手続を更新するの必要なく裁判所がその必要ありと認めた場合に限り手続の更新をなせば足るわけである。されば、原審が第二回公判において、第一回公判開廷後十五日以上の経過があったにも拘わらず手続の更新をしなかったことは、何等違法と認むべきものではない。従って、論旨は理由なきものである。

よって、旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官沢田竹治郎の少数意見を除き、裁判官全員一致の意見によるものである。

沢田裁判官の意見は次のとおりである。

旧刑訴三五三条の規定は、公判中心主義並びに直接審理主義をあくまでも貫こうとする旧刑訴法の精神を具現するものの一つであり、従って、旧刑訴法の特色を有力に示す規定の一つであった。だから、たとい、この規定の運用の実際がどうであろうとも、この規定の存在することの故を以て、刑事訴訟が公判中心及び直接審理の理念の下に運営されているものと信ぜられていたのであった。ところで昭和二四年一月一日から刑事訴訟は新らしい刑訴法によって運営されることになったのであるが、刑訴施行法二条は「新法施行前に公訴の提起があった事件については、新法施行後も、なお旧法及び応急措置法による」と規定して新法施行前に公訴の提起があった事件の処理は、旧刑訴法に基いて為さるべきことを明らかにしている。されば、この規定から観て、この施行法は新法施行前に公訴の提起があった事件の審理において旧刑訴法の理念とする所を尊重すべきことを命じたものと謂わなくてはならない。即ちこの施行法は新法施行前に公訴の提起があった事件の審理が旧刑訴法の規定する所と異って被告人に不利益を来すような方法において行われるが如きことを毛頭予想していないのであると断じなくてはならぬ。

ところで刑訴規則施行規則三条三号は、旧刑訴三五三条の規定を排除し、旧刑訴法の理念とするところを、まったく、無視する規定である。多数説は、この規定を以て、刑訴施行法一三条の委任による適法なものだとするのであるが、このような見解は右一三条を正解しない謬論である。なるほど、右一三条は、新法施行の際現に裁判所に係属している事件の処理に関し必要な事項を、裁判所が規則を以て定めることのできる旨を規定している。しかし、この規定は前示の二条のような規定をもつ刑訴施行法の中の一つの規定でしかないことを篤と考えなければならない。この規定を施行法中の他の規定、殊に前示の二条の規定と、まったく無関係に、これと孤立して読むときは、とうていこの規定の真意を捕促することはできないのである。この規定が新法施行の際現に係属する事件の処理に関し必要な事項を裁判所が規則を以て定めることを許しているとはいうものの、この規定を前示二条其の他同施行法中の諸規定との関連においてこれをみるときは、裁判所が規則を以て定めることのできる事項の範囲は旧法及び応急措置法においていまだ規定されていない事項に限るのであって、旧法及び応急措置法においてすでに規定されている事項には及ばないとすべきである。だから裁判所が旧法及び応急措置法の規定を変更し、或は、これを改廃するが如き結果を必然に惹起するような趣旨の規則を制定することは右一三条の委任の範囲を逸脱するものと云わなくてはならない。いわんや裁判所が訴訟の審理に関する旧刑訴法の理念を具現する特種の使命を有する同法三五三条の規定を抹殺する結果を必然に惹起するような趣旨の規則を制定するが如きは、右委任の範囲を逸脱すること、実に遥かなるものあるを感ぜしめる。しかも、このことは法律の委任と云うことの事柄の性質から云ってもまさに同様に云い得るのである。されば刑訴規則施行規則三条三号は如何なる観点から見ても、これを適法とし有効とするに由ないのである。果して然りとするならば、原審が無効な該規定に依拠して審理の更新をしなかったのは、まさしく、旧刑訴三五三条の規定に違背するものと云うの外なく従って、原判決には同法四一〇条一六号に該当する違法あるを免れない。されば本件上告は理由あるものとして原判決は、これを破毀し、事件を原裁判所に差し戻すべきである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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